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あくつけき

日記みたいな

胃がびっくりした

日常 雑記 映画

驚いた、ではない。あくまでもびっくりなのだ。欠片の知性も感じられない胃に、漢字など使ってやる必要はない。

 

生来のものぐさから、何気なくとった食事というものが24時間ぶりだった、ということはよくある。その度、毎度ながら俺の愚かな胃は、突然の侵入者に「びっくり」する。

 

本当にこいつはバカだ。24時間近く胃に物が入らなかった、たったそれだけの理由で、「もうここには何も入っては来やしないんだ」と侵入者に対する準備を怠る。まるで「もう二度と!ここには何も入っては来ないんだと思い込んでました!」、と言わんばかりに。宗教を勉強してほしい。お前の祈り程度はそこそこ叶う。

 

何も入っては来ないことを、願われてしまうのは、困るが。

 

 

今晩はとんかつでした。

 

 

閑話休題 

 

今日は15時になる前に大学を出た。金曜の15時というのは大人には扱いづらい時間だ。まず酒が飲めない。翌日が休日の金曜日といえば週で一番お酒が飲みたくなる日であるのに、15時では昼酒になってしまう。昼酒も嫌いではないが、お金に余裕がない時ではそうもいかない。安くて美味いところはたいてい18時に開店する。

 

ならば映画でも見るかと、シネ・リーブル梅田のHPを開いてみれば、目的のダゲレオタイプの女は14時と20時からの上映だった。20時から二時間の映画を見れば22時。とてもじゃないがお酒を飲み始める時間ではない。

 

ああもう仕方がない、と俺は渋々出かけることを諦め、録画したテレビを点けることにした。アメトーークの本屋で読書芸人、というのが少し気になっていたのだ。

 

最後の最後で、友人の短歌がちらっと載った文学ムック『たべるのがおそい』が紹介されていた。全体的にセレクトの渋さが光っていたので、本屋は随分喜んだだろうな。村田沙耶香『コンビニ人間』のプッシュがすごかったが、個人的には書記のSFやもっと気持ち悪い作品の方が好きだ。「面白いんだけどあまりの気持ち悪さに賞に勧められない」といった逸話が好きだ。

 

せっかくTVの読書を見たことだし、と、手元にある本を読むことにした。部屋にあるのは殆ど読んでしまった本ではあるが、それでも読むことのできる本、というのには困らない。本棚を置く場所と本を置く場所がなくなってからは、Kindleばかり買うようになってしまった。最近、紙の本は学術書しか読んでいない気すらする。

 

短編を1つ読み終えた辺りで、晩御飯ついでに神戸の本屋に行くか、と思い立った。そして、これが正解だった。

 

「そうだ、シネ・リーブル神戸なら「ダゲレオタイプの女」がちょうどいい時間にやっているかもしれない!」そう直感した俺がHPを開いたのが16時58分。そして、表示された公開時間は、17時30分。しかも今日が最終日。

 

自宅からシネ・リーブル神戸までの時間は電車の関係もあるが、ちょうど30分という所だ。クソが!と思いながらセミの脱皮を逆再生するように、シャツを羽織りニットを被り家を後にした。

 

スクリーンには予告が始まった辺りで座ることができた。斜め前の席には現世の事に興味がなさそうなメガネ男子がいた。表情筋が鍛えられてなさそうな横顔が幼い。

 

映画は、素晴らしいものだった。黒沢清の映画を初めてみたが、間違いなく日本人監督の映画であり、海外の映画だった。あいまいな境界線から現実を虚ろなものへと思い込ませていくような描出はブライアン・エヴンソン『遁走状態』を思い出した。

 

でも、ラストは卑怯だったなあ(笑)わかっていても避けられないといった演出があそこまで気持ちよく決められたのは初めてかもしれない。わかっていながらも、口をふさぐことのできないくらいの衝撃を受けたということは、俺自身が物語世界にしっかりと入り込み、映画を現実のものと認識していたからにほかならない。スーザン・ソンタグの日記に、そういった記述があったはずなのに、原文を思い出せない。まあ、映画体験としては理想だったのだろう。

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映画館を後にして、ジュンク堂書店に立ち寄り池澤夏樹『スティル・ライフ』と小谷田奈月『リリース』を買った。『スティル・ライフ』はもう読み終えそうだ。

 

小谷田奈月はダ・ヴィンチに書評が載っているらしい。読み終えたらそれもチェックしておくべきかな。

 

 

部屋に本を置く場所がない、、、