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あくつけき

日記みたいな

ガーリッシュナンバーと『けむたい後輩』

今期はだらだらと見ているアニメが随分多い。その中、見たくないのだけれども見なきゃいけないのだなと強迫観念的に見ているアニメが「ガーリッシュナンバー」というもの。

 

「ガーリッシュナンバー」は、努力ができない新人声優の生き方を描く物語。放映中の為に結末まではわからない。ここまでの流れは

 

1 主人公が売れない声優のままモブばかりを努める(ド下手

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2 しかし、顔が良かったために流行りのラノベアニメの主役に突然の抜擢

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3 顔採用を知らされない主人公は「ついに私の才能が認められた」と勘違いをする

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4 主人公に対し、実力のある共演者は下手だと忠告しない

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5 実力ある共演者を得た為に、下手な主人公は「私って認められてなかっただけでこの人達に並ぶ才能を持っているんだ」と勘違い

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6 勘違いした主人公は「才能があるんだ」とそのまま練習をせず堕落

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7 主人公が練習を放棄する一方で別の新人が頭角を現し始める

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8 主人公は「実は私、能無しなのでは」と気付く。しかし、頑張ろうにも、もはや周囲は努力をかかさなかった人達に溢れている。才能溢れる新人には追い抜かされ、自分がサボっていた間に努力していた同期には置いて行かれ、主人公には絶望しか…

 

こんなとこかな。この、「私は才能があるのだ、と勘違いして今までたいした努力もしてこなかったのにさらに努力を怠ったイタい人」という主人公を見て、柚木麻子『けむたい後輩』を思い出した。

 

 

 

柚木麻子『けむたい後輩』

 

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『けむたい後輩』は三人の大学生が社会に出るまでを描いた小説だったように思う。主軸となる三人の特徴は以下。

 

「自分は才能に溢れているから一般人とは違うのだ」と思い込む凡才のAと

そのAに憧れる吸収型の天才のB

容姿に恵まれ淡々と努力する秀才のC

 

なかでも、ガーリッシュナンバーと比較するにあたって特筆すべきはBである。大学入学時のBは"モテない"+"文化的教養を持たない"女であった。一方でAはというと、"幼少期に詩かなにかで有名な賞を取り""男にモテる"女なのである。

 

持っていないBは、持っているAに対して強い憧れを持つ。これだけを見れば対して変わった物語でもないのだが、『けむたい後輩』はそうもいかない。

 

まずAの、"持っている"要素というのが、Cの目や別の周囲によってボコボコに砕かれてしまうのだ。賞は、親の政治的圧力によって生み出された偽物で、モテる現実は簡単にやれてしまうから、だと。Aには文化的な才能も、男に求愛されるという現実も、本当はなかったのである。

 

ただし、天才BはAのことを「本当にすごい人なのだと信じて疑わない」。偽物のAに抱えた憧れは消えないのである。

 

Aは"自分を大きく見せるため"にせいぜい一冊くらいしか読んでいない有名な作家や、映画監督などをBにむかってちらつかせる。天才Bは、「Aが好きなものは全て理解してやるのだ」と、Aがちらつかせたものを全て吸収していく。記憶が曖昧だが、それは例えば

 

A「澁澤龍彦くらい読んどかないとね」

B「なるほど」

〜二週間〜

B「読みました〜いやー全集全て読むのは疲れますねー」

A「へえ凄いじゃない(何巻あると思ってんだ…私は難解ゆえに放り出したのに…)

 

と、こんな感じ。

 

何でもかんでも吸収していく天才Bは結果的にドラマかなんかの脚本家として大成する。しかし、結局何もしなかったAは、「いつか私の才能は芽吹くのだ」と現実逃避を続ける日々。

 

 

そんな凡人Aに、大成したBが放った一言とは!?

↓ネタバレかも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たしか、Aは自分が所属するフリーター集団かなんかの脚本を、天才Bに添削してもらおうとするんだけど

B「自分は、いつか芽吹くのだと夢見ているだけの能無しとは違う。一社会人だ。あなたの為に割く時間はない。それに、賞に応募したりしないのはなぜ?創作物を作らないのはなぜ?伝えたいものというのがあなたのなかにはないし、自分が作ったものが誰かと比較されて負けるのが嫌なんだろ?一生学生気分でいろよ」

といった類のことを言ったはず。いやーこれはキツイ。でも、わざわざ事実を突きつけて、Aを傷つけるメリットというのはBには無いはずなんだよね。じゃあなぜBはひどいことを言ってのけたのか。その理由は、

 

解釈が分かれるだろうから書かない笑

 

 

「イタいやつ」と「そうでないやつ」がいる。

「自分はいずれ凄いやつになる」と口にする。正直これだけではイタいやつではない。実力が伴っている人間は言わずもがなだし、何かに向かって真剣なやつもいずれどうなるかわからない。

 

けど、「やりたいことがない」or「表現したいことがない」にも関わらず、「自分は何かがしたいやつなんだ」or「自分には才能があるんだ」と思い込んでいる人間は自分から変わることができない。努力ができないのではなく、単純に「なんのために頑張ればいいのかわからない」のだろう。

 

俺自身は、というと、生まれてこの方、才能とかそういった面で誰かより優れていたこともないし、好きなことはあってもそれが一つに定まったことがないので、何かしらで夢を掴もうと思えたことがない。

 

才能があればそのまま夢に近づけたであろうし、情熱があれば努力ができたと思う。けどなーなんもないしなー。

 

 

「うわーこれいい!!好き!!でも、自分より優れる人しかいない。悔しい、でもどうしようもないからまた別のものを好きになろう!うわーこれいい!!好き!!でも、自分より優れる人しかいない。悔しい、でもどうしようもないからまた別のものを好きになろう!うわーこれいい!!好き!!でも、自分より優れる人しかいない。悔しい、でもどうしようもないからまた別のものを好きになろう!うわーこれいい!!好き!!でも、自分より優れる人しかいない。悔しい、でもどうしようもないからまた別のものを好きになろう!」

 

ってのを繰り返してる気がする笑 やっぱりマゾヒストなのかな。高揚感を得れるものは好きだと認識してるのだけど、情熱がある人、というのは俺よりも、何かに感動してるんだろうな。