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あくつけき

日記みたいな

12時27分の雑記

雑記

思えば負けてばかりだった。勝ち負けを決めるとか、そういったことでしか世の中を見ることができない時点で、随分こじらせてしまっているなと感じるが、多分これは死んでしまうまでずっと自らに絡みついて剥ぎ取ることができないものだろう。いや、たとえ剥ぎ取れたとしてもきっと、また別の形になって、自らに襲い掛かってくるのだろう。きっと、別の形に変えて。

 

就職が近くなっている。そろそろ健康診断を受けなければならないのだろうし、そもそも、卒業が近い。卒業式まではまだ猶予がある気もするが、授業自体は殆どないと言っても良い。授業がないというのは、主体的に学ぶことはできても、白痴みたいな自分に手取り足取り何かを教えてくれる機会、というのが失われることであろう。

 

 

思えば負けてばかりだった。今、自身に敗北を感じるのは、自分が取り組んできたことが、社会によって抹殺されてしまうのだろうな、という無力さを感じるからだ。表立って目指したわけでもなかったが、もう、芸術系の職というものに就くことはできないだろう。

 

それは表立って目指さなかった自分の怠惰さが招いた、至極当然の結末ではあるのだが、まるで努力をしなかったとはいえ、少しでも「いいな」と思ってしまった以上、そういった居場所を獲得できた人には負い目、というか、いや、負い目でいいだろう、そんな、つまらない感情を抱えてしまう。

 

そういった勝負に負けてたからといって、自身に何もないとは思わない。とてつもなく近い将来、働くことのできる場所は、自らが選ばれた場所である。個性を強く主張した上で、自身を気に入ってくれたというのは限りない幸福だった。さらに言えば、芸術とはまるで関連がないものの、とても興味のある業界なので、その点もとても楽しみだ。

 

「誰か」になりたいわけじゃあない。そうであるなら、「こうしなければこういった人にはなれない」なんて考えを早めに捨て、好きという感情が広く世界に向くように自分を変革しつつ、その後洗練するべきなのだろう。

 

犬上すくねの新刊『東京 No Vacancy1」に絵画で職を得ようとしたが上手く行かず、それでも諦めきれずに卒業後も絵を書き続ける女性がでてくる。そんな彼女とワンナイトを過ごした男性が、一人の帰り道、彼女に対しての感想をほろり、と、漏らす。

 

彼女は絵を諦めるだろうか 

それとも続けるだろうか 

それはわからないけれど

「社会の歯車になりながら好きなことをのんびり楽しむのもそんなに悪くないよ」

今はそうエールを送りたいもんだ

 

久しぶりにできた彼女が冬の朝に入れたカプチーノくらい甘い言葉だ。けれど、うーん、芯からじわりとあたたまるセリフだな。素晴らしい。

 

 

食と睡眠だけで充足を得られる人には、なれないだろうな。