あくつけき

日記みたいな

思い出

その日は二人でテーブルに向かい合った。

 

誰かと、二人きりで出かけることは苦手だった

 

それなのに、場数を踏んでしまえばそれほど怖いものでもないことがわかってしまった

 

現実の女性は実につまらない

口から出てくる言葉の一つ一つが焼き直し、同じフィルム

根底にあるものの違いがわからない

本来あるはずの"違い"が、見当たらない

結託された、大きすぎる後ろ盾が透けて見える個性

きっと、こんなことを考えてしまっている自身も、借り物の個性

自分自身であることの認識を保てなくなっている証拠

 

 

 

誰かと、二人きりで出かけることは苦手だった

誰かと向き合って食べる食事が苦手だった

目の前のつまらない人間に自分がつまらないと感じていることを隠したかった

目の前のつまらない人間が、"ぼく"を求めていないことに諦念しかなかったから

相手の中にいる自分が、自分じゃないと言いたかった

 

 

 

 

そんな日々が、終わる時がくるなんて思わなかった。

 

 

あれは、いや、季節が思い出せない。彼女との思い出は薬の靄が、優しく覆ってしまったから。ただ、はっきりと姿の見えないその思い出に、これほどまでの純度を感じるのはなぜなのだろう。

 

 

 

「気付いてあげられなくて、ごめん」といった言葉にあれほどの深い感動を覚えたのはなぜなのだろう。

過去にさえも、目をむけて"くれた"と感じたからなのだろうか。

 

少しばかり明るすぎる店内。嫌いな喧騒。他者の、心配の顔。

 

 

あの場にあるのは、うざったくて仕方がないと思っていたものばかりだった。

それなのに、どうしてだったのだろう。